長野地方裁判所 昭和37年(レ)46号 判決 1965年1月12日
控訴人 古畑勇 外二四名
被控訴人 国
訴訟代理人 斎藤健 外二名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人らに対し別紙請求金一覧表記載のとおり各金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。
当時者双方の事実上の主張ならびに証拠の提出、援用および認否は左記のとおり訂正、附加するほか、原判決事実摘示記載のとおりであるからここにこれを引用する。
一、控訴人らの主張
(1) 別紙控訴人一覧表の7ないし12記載の六名の控訴人ら(以下白川班と略称)は昭和三四年度中白川事業地において、同表1ないし6記載の六名の控訴人ら(以下戸沢班と略称)は同年度中戸沢事業地において、同表1ないし4、6、12の六名(以下第一作業班と略称)および同13ないし25の一三名(以下第二作業班と略称)は昭和三五年度中戸沢事業所において、いずれも共同作業形態により作業に従事し、その各出来高は別紙第一ないし第三表の各「出来高石数」欄記載のとおりであるが、被控訴人はこれに対し「賃金の基礎となつた石数」欄記載の石数を出来高として、これに各「単価」欄記載の単価を乗じた額を賃金として控訴人らに支払い、各「不足石数」欄記載の出来高分については未だ賃金を支払つていない。従つて、その不足賃金額は各作業班別には各表の「不足金額合計」欄記載のとおりとなるが、「不足石数」中控訴人らの各自の作業量は不明であるから、各表毎に右会計金額を作業人員に按分し、別紙「請求金額表」記載のとおり、各々の金額およびこれに対する弁済期後である同表記載の各日から完済まで年五分の割合による民法所定の遅延損害金の支払を求める。
(2) 控訴人らの材積を記載した野帳は、現場検知の際、野帳マンが記載したものではなく、その後になつて控訴人らの伐採した木材の本数、材積を故意に減少させて作成されたものであるから、作業の出来高を正確に表示したものではない。
二、被控訴人の答弁
(1)の事実中、控訴人ら主張の「出来高石数」が貯木場検知の石数に一致すること(但し第一表第5伐区、第二表第2伐区を除く)、被控訴人が控訴人らに対し、その主張の「賃金の基礎となつた石数」を出来高として、これに「単価」欄記載の各単価を乗じて賃金を算出し、これを支払つたことは認めるが、その余の主張を争う。(2) の事実は否認する。右野帳は野帳マンが現場において作成したものである。
三、証拠関係<省略>
理由
一、控訴人らがいずれも国有林野事業定期作業員として林野庁長野営林局奈良井営林署に勤務し、立木伐採の業務に従事しており、白川班に属する控訴人ら六名が昭和三四年四月以降同年九月頃までの間右奈良井営林署白川伐採事業所第一作業班に所属し、白川事業地の第一〇林班第一、第三、第五、第七号各伐区の立木伐採の業務に従事し、戸沢班に属する控訴人ら六名が昭和三四年四月以降同年一一月までの簡同事業所戸沢連絡所第一作業班に所属し、戸沢事業地の第五七林班第二、第三、第四、第六、第一三各伐区の立木伐採の業務に従事し、第一作業班に属する控訴人ら六名が昭和三五年四月以降同年一二月までの間同事業所戸沢連絡所第一作業班に所属する造材手であり、戸沢事業地の第五八林班「は」伐区人工林において同年七月八日より同年九月一二日までの間カラ松立木の伐木造材に従事し、第二作業班に属する控訴人ら一三名が昭和三五年四月以降同年一二月までの間同事業所戸沢連絡所第二作業班に所属する運材手であり、右「は」伐区において同年四月一七日より同月三〇日までの間カラ松立木の手切り作業に従事し、控訴人らはいずれも右作業を完了したこと、そして、右立木伐採作業に先立ち前記各控訴人らと奈良井営林署長との間に、賃金を一石当り別表第一ないし第三表の各「単価」欄記載のとおりとし、右賃金の支払についてはいずれも出来高払制とする旨の労働契約が成立したことは当事者間に争がない。
二、そこで、まず右労働契約において、賃金算定の基礎となるべき出来高とはどのように算定すべきかの点について判断する。
成立に争のない甲第二号証の一の一ないし一三、二の一ないし一四、第三号証の一の一ないし七、二の一ないし四六、乙第一ないし第五号証、原審証人森岩松、柳川貢、長島萬寿男、原審および当審証人原忠雄、坂口将夫、野村修一、当審証人久萬龍夫、田口庄三、本堂文雄の各証言、原審における控訴人中斉長作、古畑勇(第一、二回)、巾崎助治、古畑芳雄、畔出健次、当審における控訴人児野強、古畑美喜男の各本人尋問の結果を総合すると、以下の事実を認めることができる。すなわち、
控訴人らに対する賃金の出来高払制とは、伐木造材手が現実に伐採した立木の石数に予め決められた石当りの単価を乗じて算出された賃金を支払うものであつて、そのために伐採現場において伐採石数の検知が行われている。この検知方法は、当時事業地を管轄する事務所所属の計測手と野帳マン各一名のほか、検知の対象となる伐木を造材した造材手二名が検知の手伝いを行い、計側手がはさみ尺(計側器)を使用して造材の最少径を計側しその都度これを読み上げると、野帳マンがこれを復誦して樹種別に区分された野帳の本数欄に「正」の符号で記載するという方式がとられており、現場検知を手伝う伐木造材手二名は各伐木造材手らが伐採した材を計測手に指示して現場検知に協力し、計測手による計測を終えた伐木材については右の造材手のうち一名が刻印を押し、他の一名がキリハンするという方法でありその際控訴人ら造材手において計測手の検知方法、検地もれなどの不服があれば、その旨計測手に申し出ることができ、その場合計測手において再度検知し直おす立前となつていた。
以上の事実が認められるのであつて、このような検地方法からすれば、当時者間においては右の如き現場検知が出来高を確定する方法として、暗黙のうちに合意されたものとみることができる。事実、成立に争のない乙第四、第五号証、原審証人柳川貢、長島萬寿男、油井勝、原審および当審証人原忠雄、野村修一、当審証人久萬竜夫、本堂文雄の各証言、原審における控訴人古畑勇(第二回)、当審における控訴人児野強、古畑美喜男の各本人尋問の結果によれば、控訴人らは以前から現場検知の石数により賃金の支払を受けていたものであり、その後貯木場における検知石数が伐採現場における検知石数より増加した場合、その増加分の石数につき賃金の追給を受けた事例はなく、また逆に減少した場合、その減少分について差額賃金の返還を求められるような事例もなかつたことを認めることができる。
しかしながら、ひるがえつて何故にこのような現場検知が行われるかについて考えるのに、作業員の労働の成果を適正に計量し、遅滞なくその対価を支払うためであることはその目的自体から明らかであるから、たとえその手続が前記認定のとおりであり、従来その検知数を基礎として賃金が支払われていたからといつて、その検知結果に何らかの理由により著しい誤りがあつた場合にも、控訴人らの現実の伐採量いかんにかかわらず、なおそれにより出来高を確定する旨の合意があつたとまで断定することはできない。前記認定の現場検知の方法は、その過誤をなからしめるために考案された方法であつて、それが適正かつ円滑に運用されている限り、出来高を確定するうえに最も信頼しうる方法であることはその検知の方法からも容易に推認しうるけれども、それが適正を欠き、円滑に行われていないことにより、その結果が現実に作業の量と著しく異るとするならば、その結果は他の資料をもつて補正し、作業員の労働の成果に相応する賃金が支払われるべきものと解するのが相当である。
三、そこで、次に本件における現場検知の結果が果して信頼しうべきものか否かについて判断する。
まず、伐木造材の検知については前記の現場検知のほか貯木場においても再び検知が行われていることは当事者間に争いがなく、その両者の検知石数を本件について対比してみると、第一作業班所属の控訴人ら六名および第二作業班所属の控訴人ら一三名が昭和三五年四月以降同年九月までに第五八林班「は」伐区で伐採した木材の石数が現場検知において第一作業班では三、四七〇・四一石、右第二作業班では一、三六六・九六石、合計四、八三七・三七石であつたのに対し、その後奈良井貯木場におけるその検知石数が合計五、二〇九・六六石であつたこと、白川班所属の控訴人ら六名が昭和三四年四月以降同年九月頃までの間第一〇林班第一、第三、第五、第七号伐区で伐採した木材の石数は、現場検知において別表第一のとおり合計七、八一三・九七石、戸沢班所属の控訴人ら六名が昭和三四年四月以降同年一一月頃までの間第五七林班第二、第三、第四、第六、第一三各伐区で伐採した木材の石数は、現場検知において別表第二のとおり合計一三、一四九・五五石であつたのに対し、その後奈良井貯木場における検知石数はそれぞれ八、三二七・八九石および一三、七九七・九一石であつたことは、いずれも当事者間に争いがなく、右各数値を対比してみると、両者の差は白川班において約六・五七パーセント、戸沢班では約四・九三パーセント、第一、第二作業班で約七・一四パーセントに及び、いずれも貯木場検知の石数が現場検知のそれよりもかなり上廻つていることが明らかである。しからば、ごの両検知数のうちいずれが適正なものかを考えるのに、その両者のうち、現場検知の結果のみが信頼しうるかは、以下の事情からかなり疑わしいといわなければならない。
すなわち、成立に争のない甲第二号証の一の一ないし一三、二の一ないし一四、第三号証の一の一ないし七、二の一ないし四六、乙第一ないし第五号証、原審証人森岩松、柳川貢、長島萬寿男、原審および当審証人原忠雄、坂口将夫、野村修一、当審証人久万龍夫、田口庄三、本堂文雄の各証言、原審における控訴人中済長作、古畑勇(第一、二回)、巾崎助治、古畑芳雄、畔田建次、当審における児野強、古畑美喜男の各本人尋問の結果を綜合すると、伐採現場における本件検知は計測手一人で一日三〇〇本から五〇〇本という大量の材を計測しなければならなかつた上、雑草や雑木等の障害物の多い傾斜地で検知が行われるため見落して検知漏れとなつた伐木もときにはあり、また検知した材の近くにそれと類似の大きさの伐木がある場合には計測器を使用して検尺せず、目測によりその石数を目測することもあつたこと、当時作業員は計測手の行う計測監視のための検知立会には日当が支給されなかつたので、勢い被控訴人の要請による検知手伝に出て事実上検知に立会うようになつたが、手伝のため計測手の後に従い前記作業をすることに追われて計測手の検尺を十分に監視することができない実状にあつたこと、計測手の検尺には自ら個人差があるが、現場検知が賃金支払の基礎になるためどちらかといえば厳格に傾きがちであつたこと、本件検知の際野帳マンが記載した野帳のうちに事務所に持ち帰られた後別の野帳用紙に書き写されたものがあり、それにより控訴人らの造材石数が算出されたのであるが、右転写が正確に行われたとは断定できないことを認めることができ、右認定に反する原審証人柳川貢、原審および当審証人原忠雄、野村修一の各証言は前掲各証拠に照らしにわかに措信しがたく、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。そして、これらの事実は本件現場検知の結果の正確性を疑わしめるものということができる。
四、そこで次に、本件貯木場検知について考えると、原審証人森岩松、長島萬寿男、原審および当審証人坂口将夫の各証言、原審における控訴人中斉長作、古畑勇(第一、二回)、巾崎助治、古畑芳雄、畔出建次、当審における控訴人児野強、古畑美喜男の各本人尋問の結果を総合すると、本件の場合を含めて通常貯木場においては搬入と同時に木材業者への売払い、積込手やトラツク運転手に対する賃金支払の計算の基礎とするため検知が行われるのであるが、その方法は伐木造材関係者の立会がない点を除き現場検知と同様な方法を用いて行われていること、貯木場検知の方が現検知に比して場所的諸条件が概して良好であり、しかも本件貯木場検知には前記現場検知におけるような過誤を生じさせる特段の事情は見当らないことおよび本件各伐区より右貯木場までの連材の過程において、控訴人らの伐採した以外の伐木が混入したとみるべき特別の事情の存しなかつたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。
そうであるとすれば、右貯木場検知の石数は前記現場検知のそれに比して控訴人らの伐木総量により近いことが推認される。しかしながら他面、その検知方法からすれば現場検知におけると同様個人差のあること、またその売払いという目的からはとかくゆるやかに検尺されがちな傾向をも否定しえないことは、前掲各証拠からも容易にうかがわれるところであつて、その結果が必ずしも正確であると断定することは困難である。のみならず、当審証人久万龍夫の証言および本件弁論の全趣旨によれば、控訴人らの作業は二人一組の共同作業形態を採用しており、各伐区に数組ないしそれ以上の組が作業を行い、その賃金は一組二名の造材手が現実に伐採した立木の石数に、予め定められた石当りの単価を乗じ、更にその二名の間で、各造材手の経験年令等を基礎としてあらかじめ定められた率に従つて分配されるものであるから、賃金計算の基礎とするためには各組の伐採石数および各造材手に対する配分率が明かとならなければならないこと、しかし、伐採現場における検知の際には各組の伐採した材を確認しうるが、貯木場検知の場合においては各組別の造材石数を確認することは甚だしく困難であることが認められる。そうだとすれば控訴人ら各造材手に対し支払われるべき賃金計算の基礎として、本件貯木場検知の結果が正確性を有するものとにわかに断ずることができないのみか、それが正確であるとしてもそれだけでは各控訴人の受くべき賃金額を確認することができない。
五、以上説示したとおり、本件現場検知の結果については、その正確性を疑わせる事情を否定できないが、控訴人ら各造材手に対する賃金計算の基礎とするための石数を確定するためには、本件貯木場検知の結果も直ちにその資料となし難く、他に現場検知の石数と異り、正確な石数を確定しうべき資料はない。そうであれば、前記認定のとおり、仮りに若干適正円滑な運営を欠いた点があつたとしても、一応の現場検知が行われているのであるから、その結果を出来高として、これに基き控訴人らの賃金を算定したことは一応妥当な解決というべく更に進んで貯木場検知以上の石数を控訴人らの出来高と認め、同人らが按分比例によりこれに見合う賃金額の支払を得られるものとすることはできない。よつて、その支払を求める控訴人らの本訴請求は理由がない。
六、そこで、控訴人らの本訴請求はこれを棄却すべく、これと結論を同じくする原判決は結局正当であつて本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条により本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担については同法第九五条・第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 田中隆 千種秀夫 福永政彦)
控訴人一覧表<省略>
請求金一覧表<省略>
第一~三表<省略>